プエルト・イグアスに到着すると陸路からの国境越えをしてアルゼンチンへ。
空港に比べるとあっさりしたもんだな。
ゴキブリバスの終着点 |
足元がびちゃびちゃに濡れるという理由で、ビーチサンダルを購入して出発。
15分ほど歩いて行くと眼前に巨大な滝が姿を現す。
おお〜こりゃ「華厳の滝@栃木」よりずいぶんでかいな。
いうなれば、日本の「定番カブトムシ」と「ヘラクレスオオカブト」ぐらいの差があるな。
しかもヘラクレスオオカブトって南米産だったかな。
あ、逆にわかりにくい?
うるせえぼけ、そんなもんじゃ。
滝の面積と音の迫力がすごい。時期によっては水量がもっと多いこともあるとか。ほおー。
撮影 登坂太頼 |
音のする方に目をやると、十数人の子どもたちが手にザルをもって一生懸命歌っている。
ボロボロの服を着た孤児の子どもたちが観光者相手に行っている「稼ぎ」の一貫らしい。
数人が太鼓を、数人が民族楽器の笛を吹いている。
年は6歳ぐらいから12歳ぐらいかな。
なんとなく近づいていくと、なかなか歌がいい感じ。
アルコールも手伝って心地よい感じが身体に染みてくる。
俺はビーチサンダルを脱いでバレエともいえないような踊りを踊り始めた。
普通にただの酔っぱらいにしか見えなかったと思うが。
最初は憮然としてた子供達だったが、太鼓を叩いているやつのテンションがだんだん上がってくる。
リズムも高まって歌もどんどんあがってくる。
そりゃこっちも高まるわ。
子どもたちに目をやると、みんなニヤニヤしながら俺をみている。
気づくと周りに観光客の人だかりができていて、盛り上がっている。
そういう大道芸みたいに見えたのかな。
中には一緒に入ってきて適当におどっているやつらもいた。
ちなみにアスファルトの上でめちゃくちゃに踊ってるせいで、俺の足の裏はぐちゃぐちゃに。
でも気持ちよさが勝つ。
演奏と歌と共に踊りが終わると、周りの人達から拍手と歓声があがった。
子どもたちのザルにお金が沢山はいっていった。
よかったな、ガキ共。
俺は大分ぬるくなった残りのビールを呑み干して地面に大の字になった。
そりゃ疲れた。そりゃ楽しかった。
空を見ながら自分のおさまっていない心臓の音を聞いていると、孤児の子供が二人、上から俺を覗きこんできた。
身体を起こすと、一人がザルから両手いっぱいに紙幣の混ざったお金をすくって俺に差し出してきた。
事態の飲み込めなかった俺が不思議そうな顔をしていると、一人がこう言ってきた。
「受け取ってくれ」
正直びっくりした。
10歳もいかないぐらいの子供だぜ。
どう見ても汚い感じの俺もホームレスに見えただろうが、子供たちの貧しさはひと目でわかる。
俺は目を見開いて「いらない」というジェスチャーをした。
すると、
「今日のお前の稼ぎだろ?」
みたいな事を言う。
この子供の気持ちになんだか胸がキューっとした。
二人の顔を交互に見た後に、
「これだけくれ」
と言って、コインを一枚だけ手に取った。
子供二人は目を合わせて、俺に微笑んだ。
照れくさくなって、子供たち全員に手をふってそそくさとその場を離れた。
オイオイ、ちょっと泣きそうになっちゃったぜ。
なにより気持ちが嬉しかった。
それとも俺がよっぽど金がなさそうに見えたのかな。
こんな感じのスペース |
世界で一番嬉しいギャラだった。
しかも地球の裏側で子供からもらったギャラ。
大事にしようと心に決めて、2日後にはもう落としてなくしていた。
当時ほぼアル中だった俺にはモノの管理能力なんて全くない。
ま、俺ってこんぐらいのやつなんだな。
にんげんだもの。
でもあのコインの重みは一生忘れない。
踊りを踊って、人から拍手をもらってお金をもらう。
いつものことっちゃあいつものこと。
ダンサーとしての本分をここで一つ果たせたんだなと思った。
「踊り」には言語も肌の色も関係ない。
身体を動かして音や自分や空間を表現する。
その自分の「踊り」によってアルゼンチンの孤児達と一つになれたことがなにより嬉しかった。
世界共通言語とはよく言ったもんだ。
「踊り」があって良かったぜ。
まあまた思い出したらこんな時の話を書くかな。
んだば。